sunsunandmoon 「自己効力感」「自己肯定感」って?

40歳からの、、楽しい毎日を!~自己効力感あげていこう~

どのように感じているのか?

ふと「他人のあしあと」をみていると、立派で、強く、自身に満ち溢れているな。と率直に惚れ惚れしてしまうことがあると思います。

そしてその後に来る感情は

「で、自分は。。。どうなんや。。」

というきもち。それって「自分が小さい人間なんだ」っていう気持ちより、他人が「すごい立派な人間なんだ」ってことを

自分勝手に、解釈して、自らの現状に合理性を持たせるためな「ご自分ご都合主義」な

解釈なのだなと感じました。

 

他者がすごい!と感じたとき、

○果たして自分は、本当にこの人みたいになりたいのか?

○自分は同様にすごいのではないか?※なにをもってすごいというのか?

○相手はなにを感じてもらおうって発信しているのか?その意図性を考えてみる。

 

こういいった作業をしてみたらいいのではないかな?と感じます。

決して攻撃しよう、潰そうとみんな情報発信しているわけではありません。

生きよ、生きねばって情報は発信されているのだ(そうであってほしいですね)

と感じています。

 

では、んまた。

今、この瞬間

人は変われない、ということばにはなにか、よくないところから、よいところへ変化する場合に使われるようなことばであるが、そうではない。人はよい、すばらしい存在でありそれが、悪い存在にはかわることができない。そもそも、ともとも、善であり、いくら悪行を積んでも人は善・それは変われない 

 

このように考えている人がいて、本当びっくりした。

 

派生した考えだが、人には五感というものがある。

生活習慣とはこの五感を修正することにある。そう感じてきた

日頃食べているものを変える※口にしていたたばこをやめている

お酒もやめてみる

そして聞くこともかえる よいことばをきく。よい音楽をきく

よいものをみる。悲しい、辛い、バイオレンスの報道ばかりみない

世の中には愛あるできことで溢れていることに気がつく

仲間の笑顔をみる そのために自らが笑顔になる

 

云々、では、んまた!

自分の中に答えを見つける

人間、弱いもので、自分の不注意でミスをしてしまうと、それに引きづられて効力感が落ちてくるものです。

たしかに原因はあるし、自分の不注意から派生したことは事実。

 

それがスイッチとなって、

効力感が下がっていく。。

これはこれで、しかたがない。。

 

と思っていましたが、実はこれは間違えてであったと最近分かりました。

人はミスをする生き物であり、ミスをしない人はありえない。

そしてミスをしたら、つぎにしないようにプラスの意識を持てば、不幸が幸いとなる。

 

おそらく、今までミスをした瞬間、必要以上に「他人の目」を意識していたのだろうなということがわかってきた。

ということは、自分の効力感を他人に委ねている

すなわち

自分の人生を他人に決定して!!ってお願いをしている

ちゅーことだなと。

 

気にしないでは✗ ミスは気にしないといけないが、効力感を下げるスイッチではないことを意識すること

そうすると、とても楽になってくるのです

特にミスには年齢、役職、場面、そのようなことは関係ありません

「弘法も筆のあやまり」

があるのですから!”

んでは。また!

 

こころをチェンジするきかっけ

ウインブルドン残念でしたが非常に晴れやかでした

彼のすごいことは試合の中で調子を上げていけるところですね

最初はあきあらかに気持ちがのっていないような状況でも、

 

なにかをきっかけにして

 

心を整えていく。客観的にみてもそれがわかる。

なにかをきっかけにしている。プロと凡人の違いって、この「なにかのきっかけ」

を見つけれるか。見つけれると信じているのか?なのではないか?

 

と考えると、日々の業務においてもきっかけが必ずある。

・美しい挨拶をくれた

・たまたまウェブからいいことばを拾った

・めしがうまかった

などなどなど。こころをチェンジする(流れを変える)きっかけって必ず存在している

が、それを

 

「意識的に、求めていかないと」

いけないのだな、待っていてもきっかけは訪れないと感じました。

例えばいいことばと出会うためにウェブブラウザをあけても、よい「検索」をしないとよいことばとは出会えません。我々の「あたま」をグーグルと考えると、良い検索をするには

よい思考

 

をしないときっかけは訪れません

思考イコール無理やり思う

のでなく、

反射的に

が大事ですが。。

 

結論、チェンジするきっかけは、自分でもとめていかないと手にできない

それには よい思考がキーファクターであると私は思うのです。

 

では んまた!

 

自己効力感と自己肯定感

この2つの言葉のちがいをあまり意識したことがなかった。

とある事の記事を拝見したときに

「自己効力感が上がっているとか、下がっていうるってのは適切でない。スイッチが入っているか、入っていないか?オンかオフかだ」と!

その通りだなと思った。自己肯定ってのは、自分が名前を頂いて、個人として生きているわけなので、否定しようが、自分であることに間違えはない。効力感は上げたり、下げたりするってこともあるのかと思っていたが、たしかにじわじわって上げるものではない。スイッチをいれるか、どうか?なのだ

 

で、なぜスイッチが入らないかというと、過去の「自己解釈」に基づいた記憶が、急な変化を嫌うから、なのだってことが腑に落ちてきた。脳は急は変化を嫌う。過去の経験で、どえらいすごい(客観的にみても)経験をしていても、「自分は大したことがない」って結論に持っていく人と、客観的にみて、だれもが経験しているようなことであっても、自分の中で「大切な」すばらしい経験として感じている(ようにしている)人。この人の差が自己効力感なのではないだろうか???

 

スイッチを入れるためには、過去を捨てるのではなく、過去って畑、もしくは田んぼから、自分の植えたシードを探してきて、花を咲かせる この行為がスイッチなのだろうと感じた。

 

自己効力感は上げるものではなく、いれること

入れるためのスイッチがある

そのスイッチは「栄光の過去」の中にあり、

それを育てる、いや育っている花に気がつくことだ

 

では、んまた!

再スタート!

迷える40代男子!自己肯定感上げていこうぜ!私の体験と、そこから学んだ想いをガンガンアップしていくので意見交換していこうぜ!

 

まず最初に、「自分が物事を、どのように感じているのか?」を客観視する習慣をつけていこう。なにか発言したその後5秒、

 

「・・・・・・・・・・・・・。」「なんで自分はあんなことをいったんだろうか?」

 

って自問自答してみよう!忙しくてその場ではできなかったら、「あのあと自問自答タイムを儲けよう」って心のなかできめてみよう

 

 

今日自分自身、上司からの質問に対して、いったこともない、見たこともない答えをテキトーにした。。

 

「なんであんなことを話をしたのだろう?」

「相手は自分の発言をどのように思ってきいているのだろうか?」

自問自答※4文字書くのがめんどくさいので「JJ」としよう! した結果

 

 ○心のそこにに「あなたより私が優っている」

 ○あなたの浅知恵に付き合えない

 ○そもそもその話題で話をするのがめんどくさい

 

そんな自分を発見しました。そしてそれって、誠実??と感じたのでした。

 

さあ明日も「JJ」していこうぜ!

今週のお題「私がブログを始めたきっかけ」では、んまた!

必要とされる

ささいなことではありますが、自分がなにかをして、それがきっかけで「ありがとう」っていってもらうとうれしいものです。逆説的にいえば、いってもらえないと、なにか空虚さを感じます。

寒い寒い雪道を歩いていた時、遠くからコンビニの看板が見えたとき、心から「ああ、あそこに暖かいコーヒーがある。ありがたい」って思います。日常は存在すら気がつかないのに。

 

そして、やっと手にしたホットコーヒーを買おうとした時にお金がない、、絶望的になりかけたときに、クレジットカードで払えることを思いだし、「ああ、助かった、ありがたい」と思う。

 

やってくれて当たり前、あって当たり前、という幻想が世の中にはあふれている。

逆になんでないんだと、心を乱すことも。

 

仕事というのもそういうものじゃないかなと。

それぞれの部署がそれぞれの役割を果たすことは、組織としての義務ではありますがそれは、その人が「依頼したことをやってくれるから」自分の仕事が完成する。

仕事だからあたりまえやろ

役職者だから、ああだこうだ言わずにやってよ

という思いは、本当のこころではない。だれかがいっていたから、やっていたから

真似をしてみた

だけ!そう演じているほうが、かっこよさげだからではないかな?と感じます。

 

金にかかわらず、立場にかかわらず、役職にかかわらず、成績優秀者そしてそうでないにかかわらず、正社員・契約社員派遣社員にかかわらず、人は必要とされていて、あまりに身近すぎて、それに気がつかない。

 

自分があの人を必要としているように、自分もあの人に必要とされていることに

気がつくこと。そしてそれを日々感じて生きること。

在る。ことに奇跡を感じ、今この仕事を進めるためにいてくれて、ありがとう!と思って仕事をする。

 

そして、人生は続く。